私のパーソナルな部分をお話ししていきます。
1回目は、テニス人生の始まりから。
私のテニスキャリアって、本当に変わっているみたいです。
もともと、母が田舎でお遊び程度のソフトテニスを愛好しているぐらいで、父は全くテニスの知識も経験もありませんでした。
特別、私からテニスをしたいと言った訳ではないのですが、母がスポーツや遊びが大好きだった私の能力を確かめようと思ったらしく、その勧めでソフトテニス教室へ行くようになったんです。小学校4年生の秋でした。
それから2年とちょっと続けて、最後に小学生の全国大会に出場して(決勝トーナメントには出場できませんでしたが)ほんの少しだけ足跡を残すことができました。
最後の試合が終わった後、両親から、「硬式テニスに転向して、テニスを続けてみないか?」と聞かれ、私は思わず「やりたい」と答えた記憶があります。その後、両親の勧めで、園田学園に進むことを選びました。私は、あまり訳の解らないうちに、遠くへテニスをするために行くんだ程度の考えしかなかったと思います。
それから半年間、父親に自宅の周辺を毎日走るように言われ、私は言われるままにひたすら走っていました。
進路を決めた直後の(忘れもしない)10月10日、体育の日、両親に連れられて初めて園田学園のテニスコートに行きました。それも、軟式のテニスラケット持って。硬式のテニスラケットは持ってなかったから(笑)。いっぱいお姉さんたちがいる中で、先生にそのラケットではダメだって言われて。うそみたいですが、本当の話なんです。
しかも、父は行く前に、「行ったら思いっきり走って、思いっきり強いボールを打て」なんて言っていました。今だったら信じられないですよね。私もその頃は、素直そのものでした。
無事に受験をクリアして園田学園に入学したある日、今は亡き光国先生に、同時に入学した3人が両親と一緒に呼ばれて、真新しいラケットを3本渡されました。子供心に嬉しかったですね。先生は多分、実績も何もない私の事は、田舎の子供がテニスしに来た程度の印象しかなかったと思います。
シューズやウェアーは、両親に大型スーパーでちょっと格好良いものを買ってもらっていたんですが、入部してみると、誰もそんな服、着ていない。皆、テニスウェアなのです。(後に母に当時のことを尋ねると、先生が白なら何でもよいと言ったとか・・・。)
シューズも買ってもらったものを履いていたら、先輩からそんなのじゃダメだって言われて、先輩のものを貸してもらいました。さすがに借りて何日も履いていると気まずくなり、親に報告したら、親が慌ててやって来たものです。
私のテニス人生はこんな形で始まったんです。