



−そこで、まずは大学に進学することにした。
はい。大学に行きながら海外の試合に出るなど、少しずつテニスのことを勉強しながら慣れていきました。大学2年までそれを続けて、3年で休学して4年で辞めてやっとプロになりました。
−プロ転向は21歳の時ですね。これもまた決して早くはない。
そうですね。ホントに私って一歩一歩進んでいくタイプなんですよ。進んでは下がって、みたいな(笑)。プロ入り当初は順調で、2年目でグランドスラムの予選にかかる位になれました。そこまではよかったんですが、グランドスラムで10回くらい予選落ち。普通なら1回で本選に行けるようじゃなきゃダメなんですけど。
−グランドスラムの本選初出場は、’00年のウインブルドンですね。
プロになってから3年4ヵ月後でしたね。その後急にランキングが上がったのを機に、コーチを今の谷川コーチに変えたんですが…。その途端、なぜか一気に絶不調。ランキングも急落。それからしばらく苦労の日々が続きました…。テニスを始めてからそれまで、中学でも高校でも優勝できて、大学でもいいところまでいって、代表選手にも選ばれてと順調でした。まさにはじめての挫折です。なんと、年間18〜9回試合中、13試合連続で1回戦負けしたんですよ。もう出るたびに負け。最後の方はもう勝てる気もしなくなって…。ホントに辛くて、もうやめたほうがいいなと思いました。
−何がどう変わって不調になったと思われますか?
それ、プレスインタビューでもよく聞かれるんですけど、こっちが聞きたいくらい(笑)。技術的には何も変わってないし、思い当たる節もない。急にランキングが上がったことで、対戦相手が今までよりハイレベルになったこともあるけれど、それにしても一回も勝てないとは…。たかがテニスとはいえホントにショックでした。
−コーチご本人も複雑だったのでは?
はい、多分とても辛かったと思いますね。一番近くにいて、私がどんどん痩せていく姿を見ているわけで。食欲もなく一気に9キロくらい落ちましたからね。余計パワーが出ないってもんです。コーチとは「新しい人についた方がいい」という話も出ましたが、私も中途半端にやめたくなかったので、もう少し頑張ってみようと。
−そんな、精神的に追い込まれたときの気分転換は?
今でもそうですが、学生時代の友達と会ってご飯を食べに行くことですね。中学時代からずっと寮生活だったので、すごく結束固いんですよ。“同じ釜の飯を食った仲間”って感じですかね(笑)。その時も友達が支えになってくれました。友達は私の大切な財産ですね。
スローペースとはいえ、プロ入りまで順風満帆だった浅越選手が体験したはじめての挫折。
その苦しい日々を乗り越え、精神的な強さを身につけた理由とは!?
後半「遅咲きな分、咲くのもこれからです!」に続きます。